✿ i piccoli campi ✿

プレーンな生活。小さな幸せ。

The Meaning Of Life -人生の意味-

著者

ブラッドリー・トレヴァー・グリーヴ
2003年 英語・日本語 137ページ

 

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ブルーデイ・ブック・シリーズをご存知ですか?
私はこのシリーズが大好きで、本をプレゼントしたいな、となった時に、このシリーズが真っ先に候補にあがるほどです。
モノクロの素敵な写真と、短いけれど心を鷲掴みにするような、ハッとさせられるような新鮮な言葉たち。
ページ数だけを見れば、ちょっと長い本なのかな、と感じるかもしれないけど、なにせそれぞれのページに書かれてる文章が短いので、あっという間に読めてしまいます。
そして一度ページを捲って読み始めると…このシリーズの不思議な魅力に包まれて、最後まで止まらずに読めてしまいます。

 

私はこの本を、主人にプレゼントしました。
今まで、何回かこちらの趣味ブログでも、日記ブログのKaffitimi(Kaffitími ☕☕)でも触れましたが、主人は米軍勤務しています。

20歳の時に米軍に入り、アメリカ国内を転々としながらトレーニングの毎日。
その後、海外での勤務が始まりました。
23歳くらいでした、主人のイラク派遣が決まったのが。
期間は15ヶ月。
知り合った本当に最初の日から遠距離だった私達、お互いに自然と「付き合ってる」と認識し始めて、毎日メールやチャットをしながら楽しく過ごしていた頃でした。
いきなりのイラク派遣、私はどうやってリアクションしていいのかわかりませんでしたが、そんな私に主人が言いました。
「無事にイラクの任務から帰ってこれたら、日本に行く。日本に行って、ナオミの家族に会って、ちゃんと挨拶したい。結婚しよう。」
嬉しかったけれど、不安でした。
イラクでの任務は、たまに1ヶ月ほど連絡が取れないこともありましたが、それでも時間がある時は毎日連絡を取りました。
長かった15ヶ月。
テレビやネットで見聞きするような悲惨なニュースの、さらに悲惨な内容を聞いたこともありました。
大きな怪我をすることもなく、主人は無事にイラクから帰還して、その後約束通り、私の両親へ挨拶する為に来日し、婚約をしました。
それからほどなくして、今度はドイツへの派遣が決まりましたが、私は全く知りませんでした…ドイツという国が、米軍にとって、中東派遣への中継地であること。
「ドイツだったら、安全だよね!」と呑気に言っていた私ですが、主人はそんな私に、今後高い可能性で控えている中東への再派遣を、伝えることができなかったと、後から教えてくれました。
もう二度と中東への派遣は無いと、私は思ってました。
そんなある日、主人が少し悲しそうな笑顔をして、私に言いました。
「あのね、大事な話がある。中東への派遣が決まったんだ。今度はアフガニスタン。でも、今回は9ヶ月だから。絶対に無事に戻ってくるから。アフガニスタンから帰ったら、籍を入れよう。夫婦になろうね。」
二度と無いと信じてた、中東への再派遣、しかも今回はアフガニスタンで、イラクよりも状況は厳しく、更に今回の派遣では、スティーヴンは自分の部下と一緒に行動し、部下を守りながらの任務。
「前も大丈夫だったから、今回も大丈夫だよね、きっと」
と笑顔で言って、仕事へ行く時間になった主人を見送り、ビデオチャットを終えた私は、ビデオチャットがオフになった瞬間に、声を上げて泣いてました。
アフガニスタンでの9ヶ月は、イラクでの15ヶ月よりも、長く感じましたし、辛いものでした。
日に日に主人の精神状態が不安定になっていって、…比較的、精神的に強い主人が、たった1度だけ、自殺未遂をしてしまいました。
命に別状は無く、弱ってる場合ではないと分かってた主人は、その後も不安定な精神のままで、任務につきました。
9ヶ月の間に何度も銃撃戦に巻き込まれて、2度、銃弾を受けて危篤になりました。
私は、その間、ただ無事を祈りました。
いつ届くかも分からないけど、毎日手紙を書いて毎日送りました。
手紙だけじゃなくて、主人の時間に合わせて寝起きして、主人がビデオチャットができる時間、いつでもビデオチャットができるように、部屋でずっと待ってました。
この本は、主人が精神的に不安定になって、自分を見失ってしまいそうだと不安を口にしたときに、手紙と一緒に送ったものです。
本の感想について、主人は何も言いませんでした。
その時は、読める状況じゃなかったかもしれませんし、私も「本届いた?読んだ?」なんて、呑気に聞くこともしませんでした。
毎日無事でいることを確認することだけで、十分でしたから。
9ヶ月のアフガニスタンでの任務を終え、無事にドイツへ戻ることができた主人は、その後来日し、約束通り、私たちは夫婦になりました。
ただ、お互いの仕事の都合により、一緒に生活するまでに時間がかかってしまいました。
2年前の冬、入籍して1年半ほど経ってましたが、まだお互いに別々な生活をしていました。
その頃すでに、ドイツから本国アメリカへ移り、アメリカの米軍基地で勤務をしていた主人。
私は冬休みを利用して、主人を訪ねました。
部屋の片付けをしていたとき、ベッドルームの棚に、きれいな布に包まれた何かを発見しました。
「これは何?」と訊くと、布の中身を確認してもいいよ、と言われたので、布を取ってみると…。
包まれていたのは、この本でした。
表紙には泥がついたり、ちょっとページが折れてたり破れてたり。
何度も読み返したあとがありました。
「本が届いてから、アフガニスタンにいる間、毎日読んでたんだよ。」
今でも、大事に取っておいてくれました。

 

私は、主人がアフガニスタンにいる間、まず主人の無事を一番に願っていて…特に主人が危篤の時は、自分の気持ちに余裕がありませんでした。
そういう状況を知りつつも、自身のことで悩みを抱えていた友人から、同じ時期に相談を受けたことがあったのですが、いっぱいいっぱいだった私は、友人の相談相手としては不十分でした。
「婚約者が戦地にいるから、ってよく言うけど、意味分からない。いつもそればっかり理由にしてる。」と言われ、その友人は離れていきました。
今の時代、家族が戦地にいる、という人は、日本ではあまり無いような事だとは思います。
なので、自分の気持ちをその友人にわかってもらいたかったという自分自身の弱さが、一番悪かったかなとも思いました。
相談に乗ってあげたかったし、力になりたかった、その言葉に偽りは無いけれども、行動が伴わなかったので、「嘘つき」呼ばわりされたのは、仕方ないかなと思います。

 

人生には色々な要素があって…大きな基盤は、もちろん家族です。
私の中では、友人も大きな基盤となってます。
結婚を気に、私の結婚の仕方というか、友人が思い描いていた行動を私が取らなかったことから、入籍後に激怒され、結果的に友人は私と縁を切ることを選びました。
私の人生において、大きな基盤の半分が、突然無くなってしまった感じでした。
それをきっかけに、精神的に病んでしまった私を、…病んだままその友人たちに復讐してしまった愚かな私を、正しい方向へ導いてくれたのが、主人と家族でした。
人生には、色々な局面があって当然。
ずっと平坦な道ばかりの人生なんてあり得ない。
凸凹道をどう進んでいくかを考える。

 

入籍した時、それまでの人生で一番幸せでした。
「入籍が一番幸せ?本当の幸せというのは、夫婦で未来の事を話し合ってる時ですけど」と友人に注意され、愚か口汚い言い争いの末、友人とは絶縁。
大げさに聞こえるかもしれないけど、天国から地獄へ突き落とされたような、そんな気分でした。
でも、それがあったからこそ、その後に知った家族の暖かさや、その後に出会った友人達に対する自分の態度、色々な事を、新しい気持ちで考え、学ぶことができたかな、とも思いました。

 

あなたの今までの人生、そしてこれからの人生を、考えるきっかけになるような、そんな本だと思います。