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✿ i piccoli campi ✿

プレーンな生活。小さな幸せ。

アイスランド語の思い出。

先日投稿した、アイスランド語の曲、Heyr, Himna Smiður (ヘイル、ヒムナ スミドゥール)。

フェイスブックでシェアしてくださった方が、6名もいらっしゃって、とても嬉しいです。
どなたがシェアしてくれたのかは分からないのですが、この場を借りて御礼を申し上げます。

 

この曲は、とてもとても思い入れがある曲なので、特別に嬉しいです。
お知らせ…というカテゴリーなくせに、それほど重要なお知らせではないですが、この曲についての思い出を少し。

 

以前私は、音楽活動をしてました。
気の合う仲間が集まって、その仲間たちと、毎年年末に、アルバムを作成したりしてました。
私は毎回、数曲はレコーディングをして、自作の曲も入れていましたが、既成の曲をレコーディングすることも多くなり、色々な言語に興味があったこともあり、いつのまにかフランス語や、ドイツ語、ポルトガル語の曲を探してレコーディングするようになりました。
今は音楽活動もしてなくて、その仲間たちとも会っていません。
私の最後のレコーディングは、もう3年前になります。
その時は、「また来年もレコーディングしたいな。」と思っていたのですが、事情があり、音楽活動も、その仲間たちと会うことも止めることに。
けど、最後のレコーディングとして歌ったこの曲、Heyr, Himna Smiður (ヘイル、ヒムナ スミドゥール)は、「レコーディングする最後の曲として歌いたい」とも思ってたので、心の何処かでは、もしかしたら既に、音楽活動とか止めたいって思ってたのかもしれません。

 

この曲をレコーディングした年、主人はアフガニスタンにいました。
兵士として派遣され、その数年前のイラクでの任務とは違って、今回は守らなければいけない部下もいるし、何より状況が厳しいものでした。
レコーディングの時期には、主人がアフガニスタンに派遣されて半年くらい経っていたのですが、日々精神的に追い詰められていくのが分かり、そして私は日本にいながら、無事を祈ることしかできませんでした。
何回か銃撃を受け、その内の1回は、銃弾が腹部を貫通し、生死の境を彷徨ったそうです。
昨日一緒に笑い合ってた仲間が、次の日には遺体になってることもあったりして、…話を聞いてあげることしかできず、自分の無力が本当に情けないとも思いました。

 

私は仏教徒で、とくに敬虔な仏教徒でもないのですが、何かに縋りたい、という気持ちでした。
不眠やひどいストレスに悩む主人の気持ちを、少しでも和らげる何かができないかなと思って、その時に見つけた曲が、この曲でした。
初めて聴いた時、何か気持ちが救われるような感じがして…。
この曲を見つけたその日から、毎日のように聴いて、主人の無事を祈ってました。
無事にアフガニスタンでの任務を終え、ドイツの基地に戻ったときは、本当にホッとしました…。

 

今でもたまに、主人が眠れない時、主人の具合が悪い時、私自身が何かに悩んでる時、やる気でない時、とか色々な時に、この曲を聴いてます。
私の中では、お祈りの曲になりました。
他にも、この曲が私の中で特別な理由としては、この曲の歌詞が、800年ほど前に作られたものだということや、アイスランド語がほぼ1000年ほど前くらいから、ほぼ変わっていないということです。
日本での1000年前といったら、平安時代くらいですか?
私達は、平安時代に使われていた言葉遣いとは、大きく変わった日本語を話すし、1000年ほど前の書物、例えば源氏物語なんかを、当時書かれた文体そのままで読むことなんて、解説がなければ無理です。
でも、アイスランド語はほぼ1000年も前から、変わっていない。
何となく、私の中で、「1000年も前の時代なら、きっと不思議な力が宿ってるかも。800年も前に作られた言葉なら、きっと本当に神様に願いが届いたりするかも
」と勝手に思いました(汗)。
「そんなことはない(汗)」と思うと思いますが(笑)、でも私の中で、この曲はなんだか特別。
なんだか不思議な力を持った曲のように思えます。

 

ここで紹介することができて、聴いてもらって、この曲をシェアしてくれる方々もいらっしゃって、本当に嬉しいです。